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伊勢和紙館に行きました。
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    JUGEMテーマ:旅行

     この日は午後一で建築設計のご相談があって、朝から伊勢に。実家で昼食後自転車で出かけました。

     

     高校の同級生がらみのご相談ですが、ぼつぼつリタイア後をいかに快適に過ごすかということを考える年代になってきたようです。そのために家を新築するなどというのは富裕層なんでしょうが。

     

     ですぐ近くがこの御師の館でした。いままでどこにあるのかよくわからなかったのですが宮町の少し旧街道から入ったあたりにあります。先月のブラたもりにも登場していました。

     

     

     丸岡宗大夫邸ということですが、常時は開いていないようです。残念。

     

     ということで、やはり近くにある伊勢和紙館に行きました。

     

     

     実はここは半世紀以上前に通っていた厚生幼稚園のすぐとなりで、かつては神都製紙という伊勢神宮のお札などの紙を作る工場でした。広い敷地で、もちろん一般人には立ち入ることもできない謎のスペースだったのですが、最近いろいろと公開されていることを知りました。

     

     神都製紙というからには神宮の直営工場かなと思ったのですが、今は民間企業になっています。奥の建物もギャラリーなんですが、ここもイベント時のみオープンとのこと。

     

     伊勢型紙は実質的に鈴鹿の白子が中心ですが、和紙や春慶塗りの漆器など伊勢には伝統工芸の蓄積がたくさんあり、昨今その復興が進められています。新特許は紙でもできるので、いろいろ見学した後手頃な厚めの和紙を買ってきました。今は機械漉きもやられているようです。

     

    | 伊勢 | 23:05 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
    朝熊山に歩いて登りました
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      JUGEMテーマ:旅行

       

       

       この日は朝からプチ弓友会で朝熊山に登山。プチ弓友会というのは伊勢高弓道部OBでFBで作っている会で、メンバーで後輩の伊東さんという建築家の方が毎週のように登っているということでお誘いをいただきました。参加者は伊東さんの同期の女性とあたけの同期の中西さんの四人。

       

       伊勢に参らば朝熊をかけよ朝熊かけねば片参りといわれた朝熊山には何度も上がっていますが、歩いて登るのは初めて。標高は555mと大当たりの数字ですが、いつも上がるのはスカイラインの展望台なので山頂はそこよりも50mほど高いことになります。

       

       朝熊山には毎週のように登る登山者がたくさんいるそうで、これはスタート地点の朝熊町にある駐車場の看板。朝熊岳道となっています。伊勢では岳(たけ)とは朝熊山のことで朝熊山の金剛証寺に参るのを岳参りと言います。

       

       

       江戸時代に整備され22町となっていて一町ごとに石碑が立っています。

       

       

       これは途中で渡るかつてのケーブルカー跡。戦前ここに東洋一といわれるケーブルカーがあったのですが、戦時中の鉄の供出に使われて廃線となりました。

       

       

       山頂近くから見る二見方面。よく見ると安土城実物大レプリカも建っています。目立つ崖のすぐ左上です。

       

       ゆっくり登って一時間半くらいで朝熊峠に到達。ここで内宮からの岳道と合流します。するとこんな看板が。

       

       

       ここにかつて有名な旅館が立っていました。昭和39年に火事で焼失したということは前回の東京オリンピックのころまであったのですね。戦前ケーブルカーでこのあたりを六甲山のようにしようとしたようで、御木本幸吉翁の別荘などもあったそうです。

       

       

       二時間ほどでようやく山頂に到達。この後ろに山頂の碑が立っているのですが、意外に平らで広い。鳥居は八大竜王社。

       

       

       山頂から見る鳥羽湾伊良湖方面。いつもの展望広場よりたしかに高いのがわかります。

       

       

       テレビのアンテナがあります。かつてはUHFだったのですが、今は地デジでしょう。NHK杯戦をワンセグで見ようとしたら、高校野球でした。でも確かにやたらと受信状態が良い。

       

       帰りは早いのですが焦るとひざが笑うのでゆっくり。伊東さんに貸していただいた登山用ストックが役に立ちます。装備としてはあとは水筒とタオルと着替えくらい。

       

       下山してそのまま磯部の中六でうなぎの昼食。有名な店のようで予約してあったのですが、ぎりぎりで間に合いました。

       

       

       おいしくてリーズナブル。天然ウナギ伝説があるので店の人に聞いてみたところ、まさか、と一笑に付されてしまいました。今は天然ウナギは入手不能のようです。

       

       ここは伊勢神宮別宮の伊雑宮のすぐ前。終わってしまった東海テレビお伊勢さんの森で有名な樹です。

       

       

       お参りしてしまったのですが、あとでまだ忌明け前であることに気が付きました。いわゆる岳参りも四十九日が過ぎてからのようです。

       

       

      | 伊勢 | 23:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
      初盆で伊勢に。
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        JUGEMテーマ:地域/ローカル

         

         この日は朝11時から養草寺の初盆のお勤めがあるということで、朝娘を八事に送りがてら妻とポンズを連れて車で伊勢に。なるべく早く着いたほうが良いだろうということで、燃費を気にせず飛ばしたら九時半に伊勢に着けました。

         

         盆提灯は母が用意していたのですが、これは本来子供が分けて負担すべきものだとか。子供のいない人はどうするのだろう。でも早く着いたおかげでいろいろとお盆のお菓子など買いまわる羽目に。伊勢では和尚さんのことをおっさんというのですが、ネットで見るとどうやらこれは関西共通のようですね。

         

         養草寺では毎年この時期にお盆の檀家回りをするようで、少しスケジュールが押して見えたのですが、いつもの和尚さんではなく応援の人のようでした。

         

         聞くところによると、伊勢はお布施がとても安い。名古屋ではすぐ5000円包むのに、伊勢では1000円が相場とか。他の地方からアルバイトが呼べないのだそうです。でも檀家一件せいぜい15分で、一時間に4件で20000円もらうとすれば、罰が当たりそうな気がします。母は初盆ということで、もう少し大目に渡していたようですが。

         

         妹たちも来ていて妻とあわせて5人で前回のJAMISEに。昼食ですが、車で帰る妹を除いて4人はビールを飲みました。夜はトヨタの妹も泊まっていったのですが、父が亡くなっていよいよあたけの周りの家族は女性ばかりになってしまいました。

         

        | 伊勢 | 23:45 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
        いろいろ事後処理のあと名古屋に戻りました。
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          JUGEMテーマ:地域/ローカル

           当初は三連休一杯まで伊勢に居るつもりだったのですが、名古屋の家も花に水を上げないと枯れてしまうし、木曜にゴミが出せなかったので月曜もゴミが出せないとこの時期ひどいことになりそう。母ももう大丈夫というので日曜に帰ることにしました。

           

           といいつつ、午前中にお墓参りの後葬儀社がやってきて最終的な請求書の確認。昨日から持ち込んだWinタブレットに月額1000円以上もする正規のエクセルをダウンロードして、父の部屋でお香典やら通夜見舞いやらお花代の整理。現金を扱いなれていないのでいろんな金種の混ざった合計がなかなか合いません。しかもなんかタブレット用のエクセルはパソコンと使い勝手が違っていろいろとやり直したり。ということでNHK杯戦も見落としました。

           

           最近はいろいろ手間を考えるとお香典や献花をお断りするお宅も増えてきたようですが・・・。

           

           昼食は母を家に残して、妻と近くのカフェバーのJAMISEに。時々両親は二人で来ていたようで、亡くなる数日前にもやってきてビールを飲んでいったとのこと。若者が多い時は空気を読んで遠慮していたようですが。ここのビールはいろいろと揃っていて母に勧められたのですが、車の運転が控えているし残念。伊勢うどんの山口屋のすぐ前で、相変わらず外に待ち行列が出来ていて、中にはここにやってきてコーヒーを頼む客もいますが、野外席を注文無く占拠されていたり・・・。

           

           午後とりあえず現金を三菱東京UFJに持っていくと、ATMがトラブって警備保障がやってくるまで一時間近く待たされました。まとまった新札には弱いそうです。

           

           

           これはその前から伊勢市駅方面。外宮の表参道なんですが、戦災で焼けた跡に戦後の経済成長で新建築に建ってしまったおかけで、内宮のようなおかげ横丁化は困難なようです。わずかに左手の山田館が往時をしのばせていますが、戦前の木造三階建てが両側に並んで中央に市電が通っていた状態に復元、テーマパーク化が出来ないものでしょうか。

           

           夕方お寺にお布施を持って行って六時前には伊勢を離れました。

           

           

          | 伊勢 | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
          伊勢法要花火大会と阿竹信生伝説
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            JUGEMテーマ:日記・一般

             さて一連の日程は終わって親戚はだいたい引き上げたのですが、母が一人になってしまったので長男一家(といっても娘は先に帰名)は日曜まで伊勢にとどまることにしました。昨日ですがずっと妻の実家で預かってもらっていた愛犬ポンズを迎えに行きピアノで千の風になってを弾いたりしました。

             

             さて通夜で出てきた阿竹信生伝説ですが、いくつか紹介すると。

             

             父は50歳くらいまでバク転が出来た。前方空転いわゆるトンボ返りは30歳くらいまでならできたそうです。50mを6秒を切って走れたとも言っていて、この運動神経はまったくあたけに遺伝していません。死んだ光紀はスプリンターだったので隔世遺伝だとよく言っていました。ゴルフもシングル一歩手前でよくシニア大会で優勝していました。あたけはいくらやっても100を切れないのでやめてしまいましたが。あと若いころ大阪で覚えたアイススケートはバックで滑ることもできたようです。

             

             父はお花の名取りだった。母に言わせるとこれは南方から復員後婚活のために生け花教室に通っていたせいで、あまり活用していたとは言えないですが、一度正月に着物でお花を活けているのを見た覚えがあります。あと遺品の整理で、詩吟二段という免状を見つけました。一通り何でもやらないと気が済まなかったようです。ハーモニカが得意で聞いた曲をそのまま吹くことが出来たようで、これはあたけに遺伝しています。小学校の頃は軍艦マーチばかり吹いていた記憶があります。

             

             軍隊のせいか若いころは結構暴力的で、一度弟子の前でちゃぶ台返しをやったそうですが、その時に割れたガラスが掌に刺さってそれを戒めとして二度とやらなかったそうです。

             

             学業も優秀で祖母が通信簿をずっととっていました。一緒に焼こうかともいわれたのですが、止めました。といっても旧制中学に進学できる家庭ではなく、大阪の今宮工業高等学校を受けて落ちたそうです。ここは府立で他府県からはハードルが高かったそうです。結局家計を助けるために当時修理で有名だった大阪の時計屋に弟子入りするわけですが、若くして給料も良かったようで都会でずいぶんいろいろいい思いもしたようです。後年進学していれば、学徒出陣や特攻でチーンと行っていたかもしれないとよく言っていましたが、あたけが旧帝大に受かったときは大変喜んで、大学院までやってくれました。

             

             元祖男の娘だった。若いころ背が低い以外は歌舞伎役者のような整った風貌で、終戦後南の島で占領軍に見せる軍隊歌舞伎の女形をやらされたとか。祖母が同じ帰還兵から聞いた話では、豪州軍の兵士がたくさんさっきの娘に会わせろと言って押しかけたそうです。ちなみに老後は丸い伊達眼鏡で東海林太郎のモノマネが得意で、時計組合のカラオケ大会などで大うけだったようです。このメガネは今四十九日の祭壇に飾られています。

             

             囲碁将棋は道楽だと思っていたのですが、神宮司廰の偉い方たちとは囲碁を通じて仲良くなったそうで、伊勢神宮ご用達につながり商売にも役に立っていたようです。

             

             軍人恩給を断った。地元選出の代議士から手続きをすれば毎年300万円ほどもらえると言われたそうですが、死んでいった戦友たちに申しわけない、と言ってもらわなかったそうで、母はいつももったいながっていました。落語の芝浜と逆ですが、そんなお金をもらっていたら、お金儲けを怠り、いまのアパート経営などもやっていなかったかもしれません。

             

             あと検査入院させられた病院を勝手に抜け出してきたとか、いろいろ武勇伝もありました。いろいろと女性にはもてたようですが、さいわい葬儀にご落胤が出てくると言ったことはありませんでした。

             

             さて、この日は伊勢の奉納花火大会。若いころの父の愛読書に「天の夕顔」があったのを思い出します。

             

             

             自宅の物干しでビールを飲みながら。

             

             

             スマホで撮ったのですが。

             

             

             晩年の父の部屋からも良く見えました。

             

             もともと夏の花火はお盆の供養のために上げられたとのこと、ちょうどいい法要花火となりました。

             

            評価:
            中河 与一
            新潮社
            ¥ 350
            (1954-06-02)
            コメント: 今の感覚ではきっととても不思議な純愛小説。カミュが絶賛したとは知らなかった。

            | 伊勢 | 23:04 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
            父・阿竹信生 急逝
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              JUGEMテーマ:地域/ローカル

               

               実は火曜日ですが、夜実家の母から電話が。父がなにやら誤飲したとかで、下痢と嘔吐が続くので、救急車を呼ぶべきかどうかという相談でした。そんなもん迷わず119番で救急車を呼べばいい、と言いました。誤飲と言うけれど、この時期熱中症ではないかと妻と話していました。また携帯に電話すると伊勢病院に到着して、容体は安定しているということで、安心して寝ました。

               

               その前の日曜日ですが、父は突然(修理した)時計を届けんといかん、と言い出して最近にない急ぎ足で出かけたまま失踪。警察に通報して三時間後に伊勢市駅前の噴水に腰かけているところを保護される、という事件がありました。最近は朝から日本酒を一合ほど飲むのが日課になっていたので、ちょっと明るいうちは飲ませないようにしようとしていたところ、その日母が目を離したすきにあちこち探して料理酒やらバーボンやら酒と思しきものを手当たり次第に試していたようです。その中には洗剤などもあったのではないかとのこと。

               

               病院で検査をしたところ、異物はほとんど飲んではいなかったようで、容体も落ち着いたので二人で帰っても良いと言われたそうですが、せっかく病院に来たので朝までは見ていてくれと言って母だけ帰宅したそうです。するとまた夜中の二時半ころ容体が急変したと言われて、タクシーを呼ぶのももどかしく電動自転車で駆け付けたところ、近親者を呼べとのこと。結局間に合ったのは近くに住むいとこだけ。津に住む妹も五分ほど遅かったそうです。

               

               あたけはいつも携帯は寝室以外の場所に置いているので着信に気が付かず、早朝妻の実家からの電話でわかる始末。まさかこんな形で亡くなるとは思ってもいませんでした。

               

               満93歳と9カ月。死亡時刻は午前3時53分で死因は誤嚥性肺炎。吐瀉物が肺に入って炎症を起こしたのを止められなかったようです。

               

               ということで、あわただしく造形大に休講ではなく先週出した課題の自習という指示をだして、娘も忌引き。一家で伊勢に向かいましたが、あたけは喪主というだけで、午前中に母と妹で通夜葬儀の日程などはすべて決まっていました。

               

               自宅のソファーベッドに納まった父は穏やかな表情で、かねてからの望み通り「ピンピンころり」と逝ったようです。

               

               父の部屋のテーブルには、いつも新聞将棋の検討に使っていた将棋盤がきちんと初型に戻されていました。ここのところあまり並べてはいなかったようです。

               

               

               午後は早速葬儀社がやってきて打ち合わせ見積もりと契約。さっそく話を聞きつけたご近所の方や数少ない存命の知人友人が弔問に訪れます。

               

               夜は自宅で過ごす最後の夜ということで、みんなで飲みました。

               

               

              | 伊勢 | 23:45 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
              津で「伊勢神宮の謎」について講演しました
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                JUGEMテーマ:学問・学校

                 この日は伊勢で目を覚ましたわけですが、朝から近鉄で津へ。桜楓会という日本女子大学同窓会三重支部の総会で講演です。日本女子大は妹の母校なんですが、妹は生まれたばかりの孫の世話で欠席。あのNHKの「朝が来た」の女子大学だとは知りませんでした。

                 

                 津駅近くのタウタウという中華料理店で、メインは今年卒寿を迎えられるお二人のお祝いだったようですが、残念ながらお二人とも欠席。卒寿というと90歳ですもんね。講演に先立っての会食は両隣が三重大学付属中学のOBでいろいろとお話に花が咲きました。

                 

                 で、例によって自己紹介がわりにこれを展開。

                 

                 

                講演テーマは三拓で

                 

                1、バックミンスターフラーについて

                2、飛行船について

                3、伊勢神宮をめぐる謎について

                 

                ということで、拍手をつのったところ圧倒的に3になりました。

                これはある程度予想していましたが、ちなみに1はほぼ皆無。

                 

                 

                 なかなかいい風に撮っていただきましたが、ボタンの留め方変ですね。

                 

                講演の内容については、こちらとか、こちら

                 

                最後はこういう美女の中の黒一点の記念写真に納まりました。

                 

                 

                 おかげさまで結構大きく見えます。

                 

                | 伊勢 | 23:11 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
                ブラタモリ伊勢特集、サミット後伊勢の番組が増えている。
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                  評価:
                  中村万里
                  紀伊國屋書店
                  ¥ 2,750
                  (2006-09-30)
                  コメント:東海テレビの早朝にやっていた「お伊勢さんの森」など伊勢神宮紹介番組の原点がこれだな、という感じ。伊勢神宮の奥に広がる54平方キロにもおよぶ神域林にスポットをあてた作品で、いろいろインタビューを交えて、自然と一体になった古式ゆかしい生産活動と神事が紹介されている。作られている堅塩はわざわざ五十鈴川河口の塩分濃度の少ないところから作られていて、森の恵みも取り入れられているとのことです。

                  JUGEMテーマ:ニュース
                  JUGEMテーマ:地域/ローカル

                   今日はいろいろ押しているといいつつ一日まったり。昨日県図書館でいろいろ借りた中にこれがありました。2006年発売ですから10年前。ちょうど前回の遷宮がこれから本格化というタイミングです。高価なDVDなので慎重に取り扱いを、というただし書きが付いていて、価格を見ると税込み¥31,500.-でした。紀伊国屋書店の発売で、今はもっと安く手に入るようですが。

                   神宮はその神事に使われる米や塩を古式ゆかしい方法で生産していることは今では有名ですが、このビデオが映像での紹介の草分けかもしれません。神道は古来自然と一体になった信仰で、自然の恵みに感謝し、豊作豊漁を願うもので、おそらく古代のケルト宗教なども同じでしょう。

                   おかげ参りのおかげで神宮林が薪炭材として消費され、大正時代に営林計画が立てられて再建されたという話は東海テレビのいまは無き「お伊勢さんの森」でやっていましたが、こちらが原形でしょう。

                   伝統を守っている老人が何人も登場して伊勢弁で語っていますが、10年たってもお元気なんでしょうか。

                   伊勢志摩サミット以来全国ネットで伊勢神宮の紹介番組が盛んなんですが、土曜のブラタモリは三週連続で伊勢特集。最初の志摩は見逃したのですが、あとの二週はだいたい見ました。二週目はブラタモリとして最高視聴率になったそうです。

                   今日は三週目で二週目は先週でしたが、内宮の地形がこの番組の定番河岸段丘とは気が付きませんでした。今の大河ドラマ真田丸でクローズアップされた沼田城を最初に大きく取り上げたのもブラタモリでした。地元出身者にとっては常識みたいな知識の紹介も多いですが、いろいろ知らないことも出てきます。今週は以前名古屋国際都市問題研究会で泊まった麻吉が出てきました。伊勢のてっぺんの座敷で宴会をやらせていただきました。

                   番組収録はサミット前みたいですが、ふたたび伊勢神宮に注目が集まるのはうれしいことです。


                   
                  | 伊勢 | 23:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
                  飲み会で伊勢志摩サミット裏話。
                  0
                    JUGEMテーマ:ニュース
                    JUGEMテーマ:旅行

                     昨日は貴重な何もない平日なんですが、毎年この時期の中学校向けの皮むき多面体の大量発送他雑事でつぶれました。で夜またワインバーで伊勢高13期系の飲み会。伊勢志摩サミットの裏話などが聴けました。

                     当初志摩半島の旅館全体で警備の警察系宿泊は50万泊と言われたそうですが、熊本の地震の影響などでキャンセルが相次ぎ終わってみれば40万泊にも届かなかったそうです。この時期一般からの旅行者はあまり望めないのでキャンセルは結構打撃だったとか。

                     天候は恵まれたのですが、やはり最後は広島にニュースとしておいしいところを持っていかれちゃったな。というのが三重県人の率直な感想。

                     志摩スペイン村の空いている第三駐車場がサミットのヘリ基地になったそうですが、オスプレイなども来るため小さなヘリポートでは対応できなかったようです。ちなみに大統領専用車もオスプレイで運んだとか。大型のヘリが石を投げれば届きそうなところを飛び回る感覚は建物も揺れるほどだとか。

                     漁業者も漁に出られないし出荷もできないので大変だったようですが、大きな収穫は国費で英虞湾の海底の大掃除が出来たことだそうです。不審物の撤去のため沈んでいる廃船などがみんな引き上げられて処分されたそうです。漁礁になっていたなら損害ですが、英虞湾はだいたい富栄養化していて、赤潮なども発生しやすかったので、真珠養殖にも良さそうです。

                     心配されたテロなどが全くなかったのは幸いですが、IS関係などは入出国時点で全部抑えられていたようです。

                     そのあとまたアルファクラブに行ったのですが、すでに飲みすぎていて、サライともう一曲マイウェイかなんか弾いたくらいしかおぼえていません。ピアノが弾けなくなるほど飲むことはあまりないのですが、かなりひどい演奏だった気がします。

                     帰りの名城線も寝ていて一周した気がします。
                     
                    | 伊勢 | 10:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
                    薄紅天女読了
                    0
                      評価:
                      荻原 規子
                      徳間書店
                      ¥ 2,376
                      (1996-08)
                      コメント:歴史ファンタジー小説となっていますが、長岡京時代の歴史上の人物がどんどん活躍する、怨霊との戦いも含めて史実満載の小説です。調べてみるとこの時期の伊勢神宮炎上まで史実でした。いろいろ勉強になります。ただ斎王はすでにこの時期は多気にいたのでは? 基本は更級日記に基づく女性目線のラブストーリーなんですが、楽しめます。


                       またこの日付で昨日ということになりますが、火曜日名城大の帰りに近くのASAHIサイクルでミニチャリの修理。イオンではここで買った自転車でなければ部品の取り寄せができないと言われたなんでもないネジ一本を足して締めて、ついでにまたいろいろ調整してもらいました。これでトータル3000円くらい修理調整代にかけたことになります。でもまあ9000円くらいで買ったものなので、安く買ってメンテナンスにお金をかけるほうが安全には良い気がします。

                       でそのあと返却日なんで天白図書館に薄紅天女を返しに行って、最後の少しを図書館の風除室のベンチで自販機のピーチティーを飲みながら読了。館内は飲食禁止なんですが、風除室は館内ではないようです。ちなみに二週間ほど前から東京行きなど主として移動中に読んでました。

                       この薄紅天女は勾玉三部作と呼ばれる萩原規子のファンタジー小説の三作目。少し前渡辺敏晴さんのチェンバロリサイタルが開かれたところが空色曲玉だったわけですが、この店名は一作目の空色勾玉から取ったようです。

                       でこのシリーズは神話時代から時代を追っていてこの三作目は、桓武天皇の時代。平城京から長岡京遷都を行うわけですが、いろいろ怨霊が跋扈して10年でここを放棄して平安遷都に移る時代です。時代背景というよりこの歴史的事実を歴史上の人物をたくさん登場させて、少しの虚構を加えるだけで生き生きとしたお話になっています。くわしくはこちら。

                       なんでこの話を読まなければ、と思ったかというとまず主人公が「あたか(阿高)」で、なにやら伊勢と斎宮が舞台になるらしい、ということだからです。伊勢出身のあたけとしてはほおっておけない。

                       第一部は武蔵の国の竹芝という村で双子のように育った同い年のイケメンの甥と叔父が主人公。村の娘たちのアイドル的存在で次の祭りに誰と来るかみたいなところは、ジョルジュサンドの愛の妖精のような設定だなと思いました。でも次第に蝦夷と大和朝廷軍との戦いに無巻き込まれて、蝦夷の血を引くことがわかった阿高は拉致されるように蝦夷の里へ。このあたりの山村や集落の描写はなかなかリアリティーがあるのではと思いました。阿高はチキサニという蝦夷の巫女と多重人格のような設定。アテルイと坂上の田村麻呂が重要な登場人物で、このあたりはほぼ史実に基づいていると思います。

                       で無事朝廷側にもどった阿高は田村麻呂に請われて、都を不安に陥れている怨霊と対決すべく都を目指します。

                       第二部は苑上(そのえ)という架空の皇女が主人公で、怨霊を避けるため伊勢の斎王のもとに行かされるところを男装して鈴鹿丸と名乗り、女装した弟宮賀美野と入れ替わる。というあたりはとりかえばや物語風。ちなみに史実、薬子の乱の藤原薬子と藤原仲成は同一人物で、薬子の男装時の名前が仲成ということになっています。で仲成は都に入ろうとする田村麻呂一行を阻止しようとして大津で対決し、怨霊に殺されそうになる苑上を阿高が救います。しだいに阿高に惹かれていく苑上。

                       田村麻呂と阿高一行は取り換えがばれて次に狙われる弟宮を救うため伊勢に向かい内宮前の五十鈴川で怨霊と対決。阿高の霊力で伊勢神宮が炎上してしまうのですが、この時期に放火で内宮正宮が炎上したのも史実のようです。

                       ここでも弟宮を救った一行はいよいよ、最終決戦場の長岡京へ。そこで意外な怨霊の正体が今上帝(桓武天皇)によって明かされ・・・。

                       最後は大団円のハッピーエンドで、この結果として平安京遷都と更級日記の竹芝伝説の元となる略奪婚が成立するというお話です。

                       ラブストーリーとしてのクライマックスは最後の数ページで、あくまで伏線あつかいなんですが、こっちをメインにした話でも良かった気がします。

                       伊勢に関する描写は伊勢人としてはやや不満で、斎王が神域に住んでいるというのはありえない。ストーリー的には手っ取り早いですが。史実としてはこの時期桓武天皇の皇女の朝原と布施があいついで斎王を務めていて、すでに多気の現在の史跡あとに斎宮が成立していたと思われます。一時伊勢市小俣町の離宮に移転してまた多気に戻ったという記述があります。

                       外宮もこの時期にはすでに今の場所にあったのですが、一行は五十鈴川を遡って内宮に到達しているので記述はありません。倭姫も五十鈴川を遡ったとなっているのでこちらが当時の正規の参宮ルートだったかもしれませんが。

                       あと空海も重要な登場人物になっています。空海は奈良時代、田村麻呂は平安時代という気がしていたので、このあたりが同時代人だったというのは大変勉強になりました。

                       怨霊というのは当時の時代の人の頭の中には本当に存在して歴史を動かしていたというのも感慨深い。

                       略奪婚は女性が同意する前提で、当時広く行われていたことを竹芝伝説も物語っています。

                       親の意に染まぬ行為におよぶと女性が処刑されるイスラム社会とは大違いです。子供の幸福を第一に考えるのが親だと思うのですが。

                       
                      | 伊勢 | 23:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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