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また滋賀から伊勢に行きました。郡長昭さんが亡くなっていた。
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    JUGEMテーマ:読書

     火曜は午前QBカットに行って、そのまま滋賀へ。マナカをカード入れに入れ忘れて来たことに気が付き、全線現金で切符を買う羽目になったのですがICカードの便利さが身に沁みます。近江八幡までなので在来線で行ったのですが朝の濃霧の影響とかで、ダイヤは乱れまくり。この区間はエリアが違うのでどのみちICカードは使えないのですが、切符の自販機で他社連絡船ではJR西日本の駅は出てきません。しかたなく同一料金の浜松まで買ったのですが、問題ありませんでした。JR同士は他社ではないようです。

     で滋賀にいったのはプレカットの打ち合わせと現場の配筋検査。特に問題なく済んで、また石部駅からそのまま草津線で伊勢に行きました。二月は結局行っていなかったので少し間隔が空きました。



     これは駅前の小公園。石部宿は東海道五十三次の五十一番目の宿で、京都から大津、草津、の次だそうです。津から特急で伊勢には六時半に着いたのですが、父はすでに飲みすぎて就寝。母と飲みました。

     この世に生んだお母さん。あなたの愛に包まれて、何も知らずに生きてゆくなら、それはたやすいことだけど。昭和ブルース。

     翌朝は雨で、なかなか実現しない竹あたけぼねの打ち合わせ。近くの喫茶「光琳」を使ったのですが、母から今年になって郡長昭さんが亡くなっていたことを聞きました。ここのところ訃報続き。庭の手入れで木から落ちた事故死だそうです。すぐに発見できれば助かったのが、行方不明ということで二日間探したそうです。光琳マスターのお姉さんから聞いたところでは74才だったそうです。

     郡さんはあたけが小さいころ絵を習っていた郡楠昭先生の実弟で、NIMRAの森田元会長の同級生ということで、NIMRAで一度講演をいただきました。

     たしか映画監督志望から小説家になられたそうで、いろいろ伊勢にまつわる文芸作品を書かれていました。

     代表をされていた文芸誌「勢陽」最新号には小説の前編だけが残されていて、それによると坂本龍馬を襲撃したのは郡家のご先祖なのだそうです。

    http://members3.jcom.home.ne.jp/seiyou.b/27koori-pdf.pdf

     後編はそのままあちらに持っていかれたのか、あるいは書かれたのに未発表なんでしょうか。近々最新号が出るのではないかと思われます。どちらかが絶筆ということになるのでしょうか。

     ネット上にはまだご逝去の記事はないようですが、ご冥福をお祈り申し上げます。
     
    | 伊勢 | 23:59 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
    コメント
    郡楠昭先生。たまたま貴ブログを
    見ていたらなつかしいお名前がでてきました。
    郡楠昭先生には、私も小さい頃
    絵を習いにいっていました。
    先生は早くになくなられたので
    その頃の思い出しか残っていません。
    先生のアトリエは今も残っていて
    感慨深いものがあります。
    私も伊勢高校OBで9期生です
    | たかっち | 2016/06/29 11:14 PM |
    たかっちさんコメントありがとうございました。忘れたころの返信で申し訳ありません。貴ブログも拝見しました。リタイア生活うらやましい限りです。またお目にかかる機会があればよろしくお願いいたします。

     郡長昭先生後編を遺作として残していかれましたね。
    http://www.geocities.jp/hiwaki1/doujin/kakushi/seiyou.html
    | atake | 2016/09/07 8:37 PM |
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