CALENDAR
S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< January 2018 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
RECOMMEND
RECOMMEND
MOBILE
qrcode
<< ベネツィア展に行きました。 | main | あるかいど54読了 >>
NIMRA40周年の新年会に出ました。軍事都市名古屋?
0
    JUGEMテーマ:ニュース

     昨日は学校から帰る途中ラジオで甘利大臣の記者会見を聞いていました。で家に戻ってテレビを点けるとなにやら辞任会見になっていました。菓子折りの中に現金を入れて持っていくとか、時代劇みたいなことをほんとにやっているんだ。政治家ってそんなにお金に困っているんですかね。

     さて七時からいつものリビエールでNIMRAの新年会。今年は40周年ということで夏に記念イベントを予定しているのですが、参加者は12名と少な目。緑陰では名古屋城天守閣問題という予定だったのですが、記念イベントと合体して進めることになりました。甘利大臣の話題は全くなし。

     でその名古屋城天守閣問題。昨年末に2020年までに天守閣木造化のためのプロポーザルの受付をやってゼネコン三社の応募があったそうなのですが、実はこれ議会の承認を全く受けずに河村市長の独断で進めたことなんですね。当然議会の反発は予想され、承認は得られないという見通しなのだそうですが、そこは河村市長。タウンミーティングで市民の賛同を集め、住民投票に持ち込んで乗り切る作戦とか。でもやはりあたけの言うようにリニア開通までに実現というのが本当のねらい目で、そのへんが落としどころと最初から踏んだ作戦ではないかとのことでした。

     名古屋城を鉄筋コンクリートで作ったのは次にアメリカと戦争して焼夷弾を落とされても二度と燃えないようにという狙いだったとは前に書きましたが、東西に走る100m道路も本来は防火帯で延焼を食い止めるためのもの。広島の平和大通りもそうですが、札幌も飯田も、戦災かどうかは別として大通りは防火帯が第一の目的です。名古屋の場合さらにドイツのアウトバーンと一緒で、いざというときには滑走路として飛行機の発着もできるようにという意図があったようです。テレビ塔を建てたり上に高速道路を作ったりで、とてもそんなことはできなくなっていますが。平和憲法の一方でまさにアメリカともう一度戦争やるつもりの都市計画だったと、酔っ払って叫んでいた記憶があります。

     考えてみるとドイツは第一次世界大戦で連合国にこっぴどくやられ、莫大な賠償金にあえぎながら30年もたたないうちに第二次世界大戦を起こしたわけで、そのサイクルで行けば昭和50年代にもう一度第三次世界大戦が起きてもおかしくなかったわけです。それを出来なくしたのは平和憲法もさることながら、核兵器やジェット機コンピューターにレーダーという兵器の進化だったのは皮肉なことなのかもしれません。

     天皇陛下は今ご高齢を押してフィリピンに慰霊の旅に出られていますが、木造が最高とされる時代は平和な時代なのでしょう。

     会場から見える100m道路の久屋大通と水の宇宙船。



     一次会だけで早めに帰りました。飲み放題ですが、ジョッキではなく小さなグラスで飲んだので、二日酔いは免れたようです。
    | 世界平和 | 21:32 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
    コメント
    コメントする









    この記事のトラックバックURL
    http://blog.atake-i.com/trackback/1236037
    トラックバック